短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE 窓の外しばし眺める扇風機

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俳句俳句じゃないですか!(※ぼんさんのblogは「短歌短歌」なので)。

 

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あたかも、外を眺めているようだね。という受け止めもいいですが、きの俳句の魅力は「しばし」の使い方かなと思いました。扇風機は首をふりますよね。もしかしたらゆっくり振っていたのかもしれません。

 

それは実際に扇風機が首を振る速度なのか、主体が扇風機を見ている心の速度なのかは分からないですけど、「しばし」という表現がしっくりくる動きだったのでしょう。

 

返歌

窓の外しばし眺める扇風機 何度見てても誰もいないよ

 

窓の外しばし眺める扇風機 素知らぬ顔で帰りを待ってる

 

傾いて音もギシギシ鳴るけれど あとすこしだけいてもいいかな

RE 図書館の書籍をめぐり棚めぐり 扉ひらくと蝉の鳴く声

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図書館デートは好きですか?

どういう書き出しだ。はい。

ちなみに、僕はすごく好きです。どう楽しいかを語りだすと、どう考えてもうざいので、ぼんさんの作品に戻りますね。

 

でも、想像してみて下さい。まあ、僕が図書館好き過ぎるとか、本が好き過ぎるとかもあるとは思うけど、そこ、一番大切な人と一緒に、「書籍をめぐり棚めぐり」って、幸せ過ぎません?

 

で、パッとカメラワークが切り替わって、蝉の声が聴こえる。

もし、大切な人と一緒に行ったなら、「何借りたの」とか「さっき、図書館だから話せなかったけど」みたいに、蝉の声をBGMに夏の日差しに焼かれつつ、おしゃべりできますよね。話足りなくて喫茶店行ってもいいし。

 

そんな、イメージがわく、夏らしい作品だと感じました。

 

返歌

図書館の書籍をめぐり棚めぐり 置いてきたこともう許してよ

 

図書館の書籍をめぐり棚めぐり 小柄なキミをマジ探してる

 

図書館の少し重たい沈黙と 比例しているセミ絶唱

RE 締め切った冷たい部屋の戸を開き 温風を連れ子供が入る

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この暑いのによく外いくよねとか、子ども自体が熱を帯びてるよねとか、むわっとした空気が入ってくるよねとか、うんうんと頷いて拝見しました。

 

なんなんでしょうこの猛暑は。涼しい土地で暮らす友達に、「こっちは日向が40度くらいいく感じで、ドライヤーいらない感じ?」みたいに説明してびびられたことがあります。

 

たしかに、あれは温風ですよね。

ことに駅のホームの日向、ヤバイです。

 

返歌

締め切った冷たい部屋の戸を開き 入ろうとして断られたの

 

締め切った冷たい部屋の戸を開き 凍った心 ゆっくりと溶け

 

温風は子犬を連れた小さな子 やさしく愛でる 触れないように

RE 陽が道に写す私のりんかくと ある建物のそれが交わる

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夕暮れの街を僕らは何を見て歩いていますか。

夕ご飯何にしようかなとか、待っている人や、自分が待ちたい人の顔を思い浮かべて、足早に通り過ぎているかもしれませんよね。

 

でも、そうではなくて、足を止めて綺麗な西日だなとか、あの雲が好きだなとか、中学生の頃にすごく辛くて空見てた日に見た雲と似てるなとか、周囲を見て味わうことも出来ますよね。

 

ぼんさんは「陽」としか表現していないけど、「りんかく」つまり「影」がのびてわかりやすいのは夕刻だと私は受け止めました。でも、真昼だって、この作品で描かれたことは起きますよね。影の角度が異なるだけで、

 

そういう解釈の自由と、そして空とか陽とか目がいきやすいものではなく、主体や主体がいる街の「りんかく」に目を向けることが出来る点に、惹かれました。

 

返歌

陽が道に写す私のりんかくは 交わるそれを持たないでいる

 

陽が道に写す私のりんかくを ある建物が受け入れていく

 

足元に自分の影があるなんて 思い出すのは10年ぶりで

RE また同じ空間に居る私と 彼女は二度をふたたびと読む

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ぼんさんは、表現力豊かな人ですがTPOにあわせることができます。

つまり、男として普通に寡黙でいられる人です。集中して静けさをまとう彼は、友人の贔屓目を差し引いても男ぶりが上がります。

 

彼は極めて論理的思考力が高い人なので、「それは何か」ということを、かなり緻密に整理して脳内に格納されている印象があります。

僕はどちらかというと直感型というか、論理的思考力よりも感受性に振ってる人間なので、彼と話すと発見や気付きがあって楽しいです。

 

で。彼は無駄な言葉を使いません。

「また」同じ空間

「二度をふたたび」

どちらも、熟考して選んだ言葉でしょう。

 

主体は何らかの理由があって、一度別れた「彼女」と、同じ空間にいるのかなと受け止めました。そして、おそらく主体は「二度」を「にど」読むけど、彼女は「ふたたび」と読むのかもしれませんね。つまり、違いのある二人。そして、その違いを分かりあえなかったのかなと受け止めました。

なぜならば、「ふたたび、なになになではない」という言葉の使い方をしますから。

この歌は、ただ情景が描写されているだけなのですが、そこに時間という奥行きが感じられて、それは恋歌のようでもあって、好きです。

 

返歌

また同じ空間に居る私は 彼女の前で透明でいる

 

また同じ空間に居る私と 彼女は再度出会おうとして

 

図書館で君と並んで見た棚は 君の街にもあるものですか

RE 成分は同じだけれど色のない 低い空まで手をのばす朝

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空はどこから空なのでしょうか。

雲と濃霧の何が違うのでしょうか。

もちろん、定義はあるでしょうし違いもありますよね。

 

でも、幼い日、そうですね幼稚園くらいでしょうか、下手すると地球が丸いという概念も、大気の層は地球レベルで見ると薄いとか、そうしたことを何も知らなかった時期があります。

 

あの頃、空は空で、雲は雲で、太陽は太陽でした。

 

ぼんさんは、そうしたことを理解した大人になっても、それでもまだ「低い空」に手をのばすことが出来る方です。

 

返歌

成分は同じだけれど色のない 草の香りに染まりゆく空

 

成分は同じだけれど色のない 私の肺を満たしゆく空

 

ザラついた舌をかばって噛むタバコ どうか空まで汚さぬように

RE うたたねしたたくつぶてをかぞえてる けたをとんだりまきもどったり

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雨音、心地いいですよね。

 

作品を全て平仮名にされたことも効果的だと感じます。

 

ことに、「けたをとんだりまきもどったり」が、私にはリアルに感じられます。

 

雨が降っていて、それは心地の良い雨音で、うとうとしてしまうわけですが、無意識に雨音を数えているとします。「1,2,3……」と数えられる程度の雨音なのかもしれません。そんなカウントの「桁」が飛ぶとか、巻き戻るということは、うつらうつらしてる時の描写として、私にはとてもしっくりきます。

 

返歌

うたたねをしたたくつぶてをかぞえてる 君の街にも降っていますか

 

うたたねをしたたくつぶてをかぞえてる 雨宿りするあの子を思う

 

眠りって気まぐれだけど優しくて 酔うまでもなく酔わせてくれる