短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE コア置いて。アンネ、託宣。ガルミーユ。 ポセイドン横に伊達政宗(๑•̀ㅂ•́)و✧

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シャドバ好きな方が、短歌に目覚めそうな流れですね。

 私は、サタン不採用の普通のドラゴンの方が、侮蔑の従者・信者、忌まわしき紫竜などのドローソースが豊富で、コキュートスカードにパワーでは劣るものの、手札の枚数で勝負できる場合があると考えます。超強力なカード3~5枚よりも、まぁまぁなカード7~9枚で闘うイメージです(`・ ω・ ´)ゞ

ぼんさんの言ってることが分かる程度には、短期間でオタク化しております。

楽しさ、私には伝わっています。他の方にはどうなのかな。

 

「手札で勝負」はすごく大切ですし、ゲームバランスから考えてサタンとコキュートスカードの「賭け・リスク」って、仕様のはずですよね。じゃないと、サタンを10PPで出したら勝つゲームになっちゃうから。

 

勝つことも目的だけど、どう勝つかも大切で、その中身を考えると人によって優先順位や採用する戦い方が違うよって話ですよね。デッキというか手持ちカードという縛りもありますし。奥が深いですねTCG

 

 

 

 

RE ちょうど良く納まる箱を探しつつ 今ある箱に入ってみる(# ゚ Д゚ )

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ほほー。

猫短歌は、そんな理由があったのですね。

 

なんだろう。継続はもちろん大切ですけど、創作って苦しむことや苦労することと、成果物が比例しない気がするのです。

 

むしろ余裕の有無の方が、感受性に影響あるかもしれないなあと思ったり。

 

「生みの苦しみ」っていいますけど、それはリングに登った人の特権かもしれないですね。私は、0から作り出すことに向いてない気がするから。

 

なにはともあれ、お互い、良いペースを保てたらいいですね。

RE 紺青をちいさく揺らす海にある 石像を見に舟を出す人(°Д°≡°Д°)

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まって。

海に石像があっても、「石像あるなー」って思うだけで舟出さないですよ。

舟を出すって、わりと大きな決断だと思う。

イメージの中でも、舟を扱って、「行って帰ってくる自信」があるかないかも影響ありそうですねー。

 

着眼点が違うというか、一生懸命になることが違うのもあるかもしれない。

自分がやらなくてもいいかなって思うから。

ヒマラヤで見る空は美しいと思うし、月から地球が「登る」のを見ることとかも感動すると思うけど、私がやらなくていいかなって。

 

じゃあ、何になら「舟」を出したいと思えるのでしょう?

人生観を揺さぶられる作品ですね。

RE 陽をひいて雲の周囲を滑らせる うっすら写る曲線の上

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私の短歌は雲とか陽射しの短歌が多く、散歩する間もよくぼけ~っと眺めながら歩いています。そう、でも今回のように「うっすら」と「曲線」が登場すると、雲と太陽の話だと思ったのに色々と妄想してしまいますね(主にお前の話だな(°益°╬))

「つつーっ」って、指先でなぞるイメージでしょうか(どこを?)

 

「雲の周囲を滑らせる」は独特な感性だと思いますし、

「陽をひいて」も、陽って基本、神話なんかでも主役ですけど、そういうことからも自由なのかなって思いました。

 

うん、ぼんさんワールドですね。

RE 仰向けに見つめる雲を隠すよに 君は現れ私をすくう

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なるほど。

 

水たまりで仰向けに空を見てて、空だなー、雲が覆いかぶさるみたいに出てきたなー、雲を隠すように(「私」の視界を遮る)、「私」を雲から隠すように、おそらく「覆いかぶさる」ような感じの存在感で、「君」は私を拾い上げた(すくった)のでしょう。

 

この作品の面白さはフレームワークというか、「仕組み」をぽんと手渡してくれることです。例えば、『天空の城ラピュタ』は「落ちもの」ってジャンルだと有川 浩が例に挙げ、『植物図鑑』を描かれましたよね。まったく違う作品だけど、「落ちもの」って仕組みは同じ。

 

ぼんさんの今回の作品は抽象度が高いというか、物語のプロットみたいな面があると思います。そこに何を代入するかは、鑑賞者の自由。

 

子猫かもしれない。

飽きて捨てられたぬいぐるみかもしれない。

 

これは、「どう感じたか」を、鑑賞者同士で話し合ってみたい、体験型の作品ですね。

RE 産み落とす私のつぶは満月の 泡立つ海の境界を割る

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どこから飴玉が来たのかよく分からないんですけれどもね|ョ゚д゚`)。oO

門外漢が適当なこと申し上げると、詩歌は「分かる」必要ないと思うし、言葉を用いていますけど言語に頼りすぎない力加減(思考と直観のバランスとか)も大切かなあなんて。飴玉は直観から来たかもしれませんね。

 

海の境界って言葉も面白いですけど、とても興味深いのは、「ウミガメ」を歌うとして、産み落とす視点に立つことです。ぼんさんワールドというか、氏が既成概念にとらわれすぎない。自由であること。ここが、氏の武器かもしれないですね。

RE こんなにも好きだ好きだと言っててもいつかは冷めてしまうんだろな 

「今がピーク・幸福の絶頂かな?」って幸福を味わいつつ、同時に醒めた目で自分・二人の将来を見てしまうとか、そんなリアリズムが切り取られていますね。

 

ミュージシャンの歌詞でも、万葉集でも、もちろん様々な短歌でも、多くの方が「永遠になればいいのに」ってこと描いてますよね。普通はもたないし壊れるし、だから様々なドラマが生まれる。

 

私はこの作品がキュートに感じられたのは、「いつかは冷めてしまうんだろな」という予想が裏切られて、20年くらい経って、「好きなのわかったから」みたいな、イメージを描く余地もあるからかも。

たとえば、パートナーが度が過ぎて一途で熱量が下がらないので、どんどん猫みたいになっていく主体(一人の時間欲しい、放って置いて)をイメージしてみて下さい。

 

少しは色んな人を見てきました。

世の中には例外っていて、「飽きない」とか「素直」のリミットが前向きにどうかしてる方もたまにいます。大型犬とすごく話が合いそうな感性というか。