短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE チョコレート ホットミルクの午後10時 世界が閉じる前の抵抗

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 ストレス対策・管理的に考えると、最強の組み合わせですよね。とても気持ちが落ち着きそう。よく眠れそう。チョコ、困ったことに美味しいんですよね。

 

寝る前は食べない! という方もいるでしょう。

寝る前は光刺激に気をつけてスマホ等の画面を見ないようにしている方もいるでしょう。

寝る前は、辛かったり、楽しかった一日を振り返って日記つける方もいるでしょう。

 

寝る前の過ごし方くらい好きにさせて欲しいですよね。とても私的で個人的な時間で、そういう時間を5分でいいから持つことができれば、僕らは自分を保ちやすくなるのではないでしょうか。言われてみれば「世界が閉じる前の抵抗」って、何かしら私もしてるだろうなと思いました。ストレッチとか。

 

で、それは世界の側から見たら、気づけないくらいささやかな抵抗かもしれないけれど、私、あるいは主体が存在し続けるためには、欠かせない何かなのでしょう。

 

「私」ないしは「主体」の一日が閉じても、世界は走り続けますよね。閉じて感じられるのは主体側の視点。でも、世界の観測者である主体が、世界に対して対峙されている点が、凛々しくて素敵な作品だと感じました。

 

 

RE ん、なんかこの空間が気になるな 何で埋めよう…巻き尺べーσo(・ε・ )

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 「巻き尺とか使わなくても、心のすきまも、物理的なすきまも、僕が埋めるにゃ」とか言いたそうな画像がありましたよ……。

 

ぼんさんの、快適な空間構築能力は半端ないです。

巻き尺も取りに行かなくても、すぐに取り出せる場所にあるのかもしれないですね。

 

あれは一つの表現の域に達していると思うのです。

何も考えずに居心地良いねと楽しむこともできるけど、話を伺うときちんと意図があるんですよね。そういう、彼の中にしかない設計図の起点が、この作品の中にある「ん、なんかこの空間が気になる」なのかなと思わされました。

 

 

RE 誰一人ほんとのことを知らなくて空のジョウロで水遣りをする

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 清水さんワールドですね。

とくに惹かれたのは「空のジョウロ」ってキーワードです。だって、きっと主体は涙も出ないくらいの寂しさ・虚しさ・孤独とかで満ち満ちていて、ジョウロを水で満たすまでもなく、涙を流すまでもなく、水遣りできちゃうと感じるから。

風の谷のナウシカ腐海ではありませんが、水遣りをしてもらう植物達は、そんな私達にとってネガティブとされる気持ちも受け止めて、もくもくと浄化してくれるのかもしれないですね。

 

誰一人知らないからこそ苦しい。

対して、「あなただけは理解しているのに!」という状況も辛い。

2つを比較することに意味はないですけど、主体の「空のジョウロ」が時には出番がなくなる日があるといいなあと思わされるのでした。

 

 涙とか悲しみとか孤独とか、一言も使わないのに、これだけ伝わるって達人です。

 

RE 「なんだこれ(; ・`д・´)いつもの道がとおれない」 すきまテープにゴキブリのこえ

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「悪いが、今日から、通行止めじゃよ」みたいな写真がありました。

 

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ゴキさんたちはコンバット的なものを「通り道」に置いてあげることと、お部屋の水回りの管理を意識する住みにくくなるようですね。玄関からうっかり来訪されても、繁殖する前に「おまえんち、住みにくいから」ってクレームも言わずに立ち去ってくれます。(そうならないと、ミイラになるおうち)

 

そんな、「同居」はちょっとご勘弁いただきたい生き物に対しても、ぼんさんは器がでかいので、まなざしが優しいんです。子ども向けと仰られていますが、それって童話的な手法でもありますよね。

 

しかも、冷暖房の効率を上げることが目的のすきまテープにゴキが戸惑ってる設定ですから、「あれ、さっきいい匂いするものを食べたら、なにか、息が……」とか「ここ、足がくちゃくちゃして動けなくない?」とかじゃない、「駆除するターゲット」って扱いではない点が、フラットですよね。

 

清潔で暮らしやすいお部屋は、ゴキたちには住みにくいだろうなあと思うことでした。

RE 紫に黄に赤茶色深緑 春とは別の趣の町

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カラフルですね! そんなタイトルの本を、以前読んだ記憶があります。

春の色鮮やかさと、たしかに別の、鮮やかさがあります。

クリスマス前ですから、お店はもちろん、個人のお宅も競うように電飾でキラキラしてます。

 

一つの歌の中に、いくつ色を入れられるのでしょう。

「四次元ポケット」「無限」「宇宙」「虹色グラデーション」とか使えば「全部」入れられそうだけど、そういうのではなくて、色の名前で。

どの色をどの順番で並べるかも、工夫のしどころですよね。

 

>ぼんさん

近況報告。生きてます。

 

「Yes or Yes」って、「断じて逃さん」って感じで怖いですね……。

恋歌や松任谷由実などの末裔としての西野カナってずっと考えていたのですけど、TSUTAYAでこのアーティストの別のアルバムが紹介されていて、なんとなく借りたら、めちゃめちゃ踊れます。いや、踊りませんけど。

 

ダンスの動画さがしてきました。キレッキレです。

洋楽でこういうのあったら、こんど教えてくださーい。

 No music no life.

RE もしかして気付きましたか風となりおでんの匂いを運んだ僕に

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 風になって運ぶものが「おでんの匂い」なあたりに、作者の岩倉曰さんではなく、主体の何かが出ている気がします。それは照れなのかもしれないし、あるいは悲しみかもしれません。ずっと気づいてもらえなかったけど、君が好きなおでんの匂いならさすがに気づいてくれるかな、という意味にも読めそうだから。

「もしかして」というのは、私達が風になって誰かの元へ何かを届けること自体、気づくことはまずできないという面の他に、そもそも存在感が出せなくて言えなくて、風になって「やっと」という状況もあるかなあと受け取りました。

 

そうではなくて、お別れの代わりに気づかれないように、ちょっといたずら心を発揮したら、バレてた? というウインクみたいな意味での「もしかして」だと、サラッとしてていいなあ。今回も、多面的に読むことができる、作品ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RE 部屋に飼う植物たちに新しい 仲間が増えることを知らせる

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ぼんさんのイケてるお部屋が、さらにオシャレ空間にっ。

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優しさとか、一人暮らしあるあるというか。

まず、独り言増えませんか? 小さな蜘蛛とか見つけても、「そこだとふんじゃうよ」とか声かけてますし、うっかり鴨居に頭ぶつけたら、「あ、ごめん」とか謝ってますし。

ぼんさんは、表現以前に感受性がすごいと尊敬しています。

たとえば、猫を多頭飼いしていて、「おともだち増えたよー」と猫に紹介するなら分かるのですが、植物たちにもそのようにしてあげるという点が、優しくないですか?

きっとそれくらい、ぼんさんにとって共に暮らす植物たちは、ちかしい存在であり、「家族」なのではないかなあと感じました。

そもそも「置いてある」でも「いる」でもなく「飼う」と表現されている点が、植物に対しては不思議です。でも、そこがしっくりくるのが、ぼんさんワールドだと思うのでした。