RE ほんとうは 誰もいないと思ってた 誰もいらない だけだった
ほんとうは 誰もいないと思ってた 誰もいらない だけだった #tanka #短歌
— さみしくてしぬ病気 (@108g) 2019年1月19日
どういう状況なのか説明する必要がないのが短歌の強みですね。
「誰もいない」と「誰もいらない」という言葉の対比が、とても鮮やかだと感じます。
私には誰もいない→誰もいらない、であるなら、孤独とか拒絶かもしれないですよね。
あるいは、すごく疲れていて、そっとしておいて欲しいとき。
「ここには」誰もいない→誰もいらない、であるなら、「この場所は誰も必要としていない」ことに主体が気づいたことになるので、つまり空気を読んでみたら、この場所は誰の居場所でもなかったって受け止めもできるかなと思いました。
「誰もいない」「誰もいらない」も、主体「たち」以外はというケースも想像はできます。「私達がいればお互いにOKだね」ということもあるかもしれないけど、「私達は気づいたら、お互いにいらなくなっていた」ってことも起きうるので、後者だとしんどいですよね。
誰もいないからの、誰もいらないって、なんだかとても心に刺さります。