短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE 母親は世間知らずのおひとよしわたしは世間を知るおひとよし

 

3首引かせて頂きました。

エンディングノートについて語りたる遠州弁をふりすてて帰路

「語りたる遠州弁」は、ご両親、もしくはご親族かなと受け止めました。

「あなたもそろそろ終活を」という意味ももしかしたらあるかもしれませんが、それよりは、「私たち世代はそろそろエンディングを考える必要が出てきたよ」という意味かなと解釈しました。この場合「ふりすてて」は「押し付けないで」ではなくなりますから、「まだ元気でいてよ、向き合いたくないよ」という意味になりますよね。

1つの作品で、2つの見方が出来るから、とても興味深いです。

 

母親は世間知らずのおひとよしわたしは世間を知るおひとよし

猫は踏まずに

猫は踏まずに

 

この作品は、上記歌集の帯にしてもいいかなって感じました。

頑張り屋さんで、気配りなさって、たぶん貧乏くじ引いてしまう方なのではないかなって、歌集を拝見して感じたものですから。

お母様と主体の対比が面白いですね。声に出して読んでも楽しい。

世間知らずか否かについては、生き方は違うはずなのに、でも、おひとよしな部分は似てしまう。もしかしたら反面教師にされたのかもしれない。でも、生きてみたら、どこか似てしまうところはあった。そんな、時間の蓄積を感じさせてくれる点が、この作品の魅力です。

 

母方の祖父に愛人(複数)がゐたことを聞くわらひ話に

これは、修羅場の時点では、揉めるか、主体のお祖母様が泣かされる状態ですよね。「わらひ話」になるということは、ご家族の傷が癒えるだけの時間が経ったのでしょう。もしかしたら、既に故人になられていて、何度めかの法要等でご親族が集まった時に、「そういえばおじいちゃんは」と話題になって、「しかも複数いたんだよ」とか、「苦労させられたよ」なんて話せる状態なのかもしれませんね。

「おじいちゃんたら、やーね」で済むのか、それとも、「本当に大変だったけど、なんとか乗り越えた」って意味なのか……。

あるいは故人ではないけど、すっかり落ち着いたお祖父様が、きまり悪そうにしている様子もイメージいたしました。

 

どの作品も、ご家族とのことが描かれていて、大切なシーンをスパッと切って見せて下さるから、好きです。

 

返歌

エンディングノートを書くの手伝うよこれは長寿のお守りだから

 

世間では世間知らずと言うけれど世間は何か定義してくれ

 

祖父が言うほどにはもてず盛っているそれはさておき毒は盛ってる