短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE 手がかりに木の実おとしてきたのにな すべてが森になつてしまつた

 

猫は踏まずに

猫は踏まずに

 

 

「寂しい」は、乳幼児が保護者を探して泣く気持ちもそうですし、恋愛している人達が会いたいなあと思う気持ちも含まれるでしょうし、心に刺さって抜けない何かと生きてこれが無ければなと思うことも含むでしょう、それに孤独も。

ただ1つの言葉なのに「全部」とか「海」とか「宇宙」みたいに、あまりに広大な言葉かと思います。

思い通りにならないことや、こんなはずじゃなかったことがあって当たり前です。

そうした「寂しい」を、ユーモアを交えつつ、作品にされたと感じました。

この歌集に人生を感じるから、私にとって本書は文学です。

 

後輩のカラータイマー点滅すあとはわたしがやるからやるから

部下ではなく後輩なんですよね。美容室行きたいのか、恋人と予定があるのか、理由は分からないけど女性の後輩を私はイメージしました。「いいよ、帰りなよ。わたしがやるから」(私は予定ないから)という状況かなと受け止めました。

「やるからやるから」が素敵で、どうどうどうと馬をなだめるように、わかったから、わかったから、帰りなとなだめてる印象を受けます。コミカルだけど、どこか寂しい。

だって後輩なんだもの。

部下じゃないから、そこまで面倒見なくてよいはずで、もしかしたら「こうしてやってあげるから、カラータイマー点滅しちゃうんだけどな。わかってるんだけどな」という、ご自身への眼差しも含まれる気がするのです。

 

ともだちのふうふとあそぶともだちのふうふはおなじおうちへかへる

古傷から血が出て死にそうなくらい、ズキンとしました。

太陽は東から登るとか、ガラスのコップを落とせば割れる、みたいに当たり前のことを詠まれています。その「当たり前」がこんなにも苦しい。遊ぶくらいですから、仲の良いお友達なのでしょう。嫉妬するわけではなくて、「ああ、『おなじおうち』へ帰るんだなあ」って感じ、なんとも言えない気持で帰路につかれたのではないでしょうか。

私は、交際していた方と、同棲はしなかったので、当然、別々の家に帰ります。

それが、すごく切なかった(寂しかった)。詠まれた状況は違うけど、わかると申し上げたいのです。

 

女子トイレ一番奥のややひろい個室に黒いサンドバッグを

黒いサンドバッグに「部長」とか書いてあったら怖いですよね。学校もそうだけど、職場に行けば色んな人いますし、力関係もあるから、黒いサンドバッグ欲しいですよね。

なんなら、ムエタイを習って、ケリを入れたらすっきりするかも。

「うちの職場、女子トイレから、ドスン、ドスンって凄い音するんだけど……」って、何も知らない男性陣はおののき、事情を知ってる女性経営陣とかは「あら、何の音かしらねえ」なんて、トボケてくれるかもしれないですね。

福利厚生に、黒いサンドバッグを。

 

春は夢 うすいがらすをはりはりと食べてふたたび眠らうとする

この歌は、「春はあけぼの」ではなく「春は夢」で始まり、「眠いね」ってことをこんな風に表現されたことが、ただただ美しくて、何度も口ずさみました。

「うすいがらす」を「はりはり」食べたらお腹痛くしちゃいますよね。だから、何かの比喩もしくはイメージなのでしょうけれど、寝て起きて、お手洗い行って、水飲んで、まだ眠くて、というあの眠さが伝わるし、イメージが美しくて惹かれます。

 

いろいろと話したりないことがあり恋に落ちたのかなあ 柊

柊から、私はクリスマスのリースをイメージしました。大人の落ち着いた静かな恋の始まりの歌だと、感じました。

どうして好きだと気付いたか、振り返った時に様々な理由がありますよね。言葉に出来ない方も多いかもしれない。「なんとなく」とか「気付いたら好きだった」とか。

そうではなくて、「話し足りないな」という気持から、ご自身を観察されて、「恋に落ちたのかなあ」とされた。もしかしたらですけど、「気持が動いたことは嬉しい」「これからやり取りするのが楽しい」でも、「恋」のしんどい部分も十分理解されているから、「恋かあ、嬉しいけど、しんどさもあるのよね」みたいな、慎重になる部分も感じられるのです。断定されていないことで、そんな印象を受けました。

 

手がかりに木の実おとしてきたのにな すべてが森になつてしまつた

ヘンゼルとグレーテルは、パンくずを落として迷子にならないようにしましたよね。そんなことを連想しつつ、鑑賞しました。「手がかり」は誰に対してでしょう。自分を見つけて欲しい、気がついて欲しい、振り向いて欲しい人かもしれない。

あるいは、恋の歌ではなくて、誰かと分かり合いたいのかもしれない。手がかりは十分渡した、それなのに、と。

そのあとが凄くて、「リスが食べてしまった」とかではなく、すべてが森になってしまうんです。イメージとしてすごく面白いですし、壮大です。また、木の実が森になるほど「待った」という時間もあるのかもしれませんね。

美しくて、おそらく「分かりあえない」何かがあって悲しくて、そこも含めて、でも美しい。好きです。

 

おとなにはなつてしまつてそのあとのひりひりながい産まない女

ここは、男性である私が、言及していいのか、とても迷いました。とてもデリケートな問題だから。女性同士でも、理解し合えなかったり労れなかったりする問題だから。

まして私は男で、違う悲しみは理解できても、「産む」身体ではないから。

まず「産まない女」というのは、生き方の問題で、そもそもそのことで「ひりひりながい」ことは社会の問題だと私は思います。産むにしろ産まないにしろ、自分で選んで決めて納得できる。現状は、そうではない。

かつ「おとなになつてしまつて」の「しまつて」がズキンと来ます。

どんな境遇、どんな性別に生まれるか、誰も選ぶことは出来ません。気付いたら世の中にいた、そんな方が大多数ではないでしょうか。大人になりたい子も、大人になりたくない子も、頼まなくても時間がくれば大人になるしかありません。

「お子さんは?」とか「結婚は?」とデリカシー無い人に圧力かけられるようになることを、望んで大人になる人はいるでしょうか。自分で女性を選んだわけではないのに、という不条理さが「しまつて」から私は感じられました。

鑑賞してとても苦しいけど、こんな風に表現できるって、素晴らしいです。

 

 

本が売れない時代です。町の書店が減り、取次も倒産したところありますよね。電子書籍もあります。スマホでLINE等を使い、検索使えば、そもそも読書する時間は減る一方です。そんな時代ですから、自分の好きな作品を書いてくれる作家さん、その作家さんの書籍を扱ってくれる出版社さん等を、買って支える必要があると私は考えます。

 

ご予算に余裕のある方は、10冊買って、短歌好きそうなお友達にプレゼントする、なんて方法もありますよね。

私は、本書を買わせて頂けて、とても良かったです。5年先10年先の私が、本書を開けば、今とは違う読み方・鑑賞をするでしょう。そんなふうに、長く付き合いたい一冊です。

 

返歌

スーパーでスーツの僕とすれ違う誰かの妻になったあの人

 

このビルの女子専用のフロアーにサンドバッグはございますから

 

春は夢 うすももいろのはなのみつ舐めて倒れて春へ溶けよう

 

嬉しくて話しすぎたと悔いている もう認めるよ 君の勝ちだよ