短歌読みます、うたあつめ。

拝見した短歌への、返歌や感想を書く、公開ファンレターです。

RE 焼きそばが美味い店の名を書き留める遺書になり得る日記の端に

「誰も言わない物語でも」の「でも」が素晴らしいと思いました。
その物語はもしかしたらハッピーエンドではなかったのかもしれない。じゃあ、価値が無いのでしょうか。スポットライトが当たらなかったかもしれない、じゃあ、そこにいなかったのでしょうか。そんなはずはない。
結果を出すことはもちろん大切です。素晴らしいことです。でも、生前に認められなかったアーティストは幾らでもいるでしょう。学者さんだっているかもしれない。

僕らは何世代前までご先祖を具体的にどんな人物だったか把握していますか?

僕なら会ったことのない曾祖母のことを祖父母達から聴かせてもらって、ぼんやり知っている程度です。その先に、樹木の根っこのように膨大な数の人達が確かに生きて、そこに喜怒哀楽があって人生があって、だから僕たちは今、ここにいます。

よほどの業績を残さなければ、遠い未来、僕らもまたこうなるはずです。

「 主人公は幸せでしためでたしと」そもそも言えない状態ですよね。何も分からない。

なら、今日、僕らがそれぞれ取り組む、学業や仕事や育児等は無駄でしょうか。

誰かを好きになることは無駄なのでしょうか。

人生という物語は虚しいものなのでしょうか。

いいえ。

この歌は「でも」の二文字で、そうしたことがらを蹴散らしてくれます。

僕にはそう感じられました。

 

日記でも手帳でもEvernoteでもなんでもいいのですが、とても満足して、美味しくて、また行きたいとか、忘れたくない、誰かに教えてあげたいから、記録するわけですよね。それはきっと楽しい一時でしょう。美味しかったなあと。
一人で召し上がったかもしれないし、恋人や、気の合う仲間と行かれたのかもしれない。そうした楽しい空気の中にあっても、「遺書になり得る」という視点があることで、作品に深みが出ますよね。

永遠になって欲しい今と、必ず終わりがくる現実のコントラストがくっきりします。

とても凛々しいと思いました。

 

返歌

僕のこと誰もしらない場所に来た 「それが自由よ」 猫の目配せ

 

この話 救いは無くて 苦しくて ただ悲しくて 愛おしいです

 

インスタもFacebookもLINEもね 君の足跡遺品ですから